長野県が健康と長寿で目覚ましい躍進を見せている。もともとは「海なし県」特有の塩辛いもの好きの風土。高血圧が原因の脳卒中に苦しんだこともあったが、都道府県別の平均寿命の最新データで、男性が80・88歳、女性が87・18歳と、長寿で知られる沖縄県を押しのけて男女とも1位になった。秘訣(ひけつ)は何か。(福田涼太郎)
■「昔は朝昼晩三食」
「昔は塩っ辛い野沢菜を毎日朝も昼も晩も食べていた。あの濃さは今じゃあ考えられない」。長野県東部にあり、長寿の里として知られる佐久市。今も現役で毎日畑に出る荻原豊さん(94)は数十年前の食生活を思い起こす。
当時はどの家庭にもあった自家製の野沢菜。壺の中の漬け汁は、なめれば舌がぴりぴりし、色も市販の浅漬けと違って見るからに濃い。「どこの家も似たようだった」。今は浅漬けに代え、みそ汁も野菜をたっぷり入れて塩分を控える。
雪が多い長野県ではかつて、冬に野菜が取れず、保存できる漬物が欠かせなかった。海もなく、塩漬けにした魚を食べ、塩分をふんだんに含む信州みそで作ったみそ汁で体を温めた。
脳卒中による死亡率が昭和30代ごろから急上昇し、40年には全国ワースト1位に。平均寿命も男性が全国9位、女性は26位まで落ち込むという“非常事態”に陥った。県民に危機感が広がり、全県的な取り組みが動き出した。
■塩分Gメン登場
そこで登場したのが“塩分Gメン”。地域で食生活の改善を図る住民ボランティア「食生活改善推進員」や、各地区の住民から選ばれる「保健補導員」らが家庭を一軒ずつ訪ね歩き、野沢菜の漬け汁の塩分をチェック。塩分濃度が一目で分かる「減塩テープ」でみそ汁の濃さも徹底調査した。
「みそ汁は1日1杯具だくさん」「漬物は1日小皿1杯」。県も具体例を挙げて減塩を訴えた。
もう一つのカギは野菜。長野県は“野菜王国”と言われるほどの生産量を誇り、しかも野菜は塩分の排出効果がある。運動の成果で、その摂取量は現在、男女とも全国1位なのだ。
減塩してもおいしさを保つレシピにも知恵を絞る。佐久市では塩分やカロリーを抑える代わりにうま味を生かした「ぴんころ御膳」を開発した。
「ずっと『薄味に慣れよう』と呼びかけ続けてきた。減塩運動が盛んなときに若かった世代が今の長寿に貢献している」と県の担当者は話す。
■「ぴんころ」合言葉
減塩の機運が高まっていた約30年前、長野県で生まれた「ぴんぴんころり(ぴんころ)」という言葉がある。「ぴんぴんで元気に長生きし、病気をせずころりと死ぬ」という意味だ。
健康長寿にあやかって佐久市に建立された高さ1メートルほどの「ぴんころ地蔵」には、1年間に実に約10万人が参拝に訪れる。人々の「ぴんころ」への切望はこれほど強い。
「日本アルプスの山々に囲まれ、水も空気もおいしい」。地蔵を守る「のざわ商店街振興組合」の市川章人(あきと)理事(63)は言う。
自然に囲まれた環境のなか、庭先の畑で自分が食べる程度の野菜を作る小規模農家が非常に多く、90歳を過ぎても現役の人はざら。実際、高齢者の就業率は全国1位の29・9%に上り、「ぴんころ」を地で行く。
県医師会副会長の岡田啓治(けいじ)医師(67)は「健康志向が強く、以前に学んだ知識を実践して次の世代に残そうとするまじめな県民性がある。長野の高齢者は、こつこつと健康を鍛えているんです」と独特の言い回しで説明した。
■沖縄、今や「肥満県」
昭和50年から女性の平均寿命1位の座を守り続けてきた沖縄県がついに3位に転落した。男性も30位に低迷。暖かく、新鮮な魚介をもたらす海に囲まれるという、長野県と正反対の環境が長寿の背景にあったが、食習慣の欧米化の影響を強く受けたとの指摘もある。
沖縄県は昭和60年には男女とも平均寿命が1位だったが、男性は急激に後退。今や全国トップ級の“肥満県”で野菜摂取率も低い。
沖縄県栄養士会によると、沖縄県は米軍の占領地だった影響で、ファストフードや肉の缶詰など高カロリーの食材に早くから慣れ親しんできた。県医師会は「生活習慣病を発症する人が多い」と指摘する。
食の欧米化、高カロリー化は全国的な状況にあり、日本肥満学会副理事長の宮崎滋医師(66)は「沖縄の後退は日本全体の10年後の姿であり、人ごとと思わず節制に努めてほしい」としている。